また揺れたが、昨日の話のつづき。円高とデフレの関係を理解するためには、岩田規久男『デフレと超円高』(講談社現代新書)の第1章・第2章が決定版。まあ、これは昨日書いておいたこと*1
第4章「構造デフレ説の誤謬」は必読の内容。「中国安値輸入デフレ説」、「中抜きデフレ説」、「生産性の向上デフレ説」、「銀行の貸し渋りデフレ説」、「低生産性デフレ説」、「生産年齢人口減少デフレ説」などが、実証面・理論面で完全否定されている。
「中国安値輸入デフレ説」は、海外からの安い製品を購入する消費者は結局あまったカネで非輸入競争財(海外との競争とは関係のない財)を購入するから、全体としての物価に変動は生じないという論理。「銀行の貸し渋りデフレ説」は実証データが面白い。106ページの図表20には、法人企業がずっとカネ余りの状態にあったことが示されている。
この「銀行の貸し渋りデフレ説」とも関連して一番勉強になったのが、第5章「デフレは貨幣的現象である」の解説。ここでは「単純な貨幣数量説」が否定される。つまり、オカネを刷ればいいというのは説明としては単純すぎ、予想インフレ率に働きかけることがインタゲ政策の本質となる。つまり、
M(流通貨幣の総量)×V(流通速度) = P(物価水準)×Q(取引量)
という貨幣数量説の式があるが、この「流通速度」をもたらすメカニズムが重要なのであって、ポイントとなるのは、「予想インフレ率」に影響するのが(「貨幣(現金と預金の合計)」ではなく)「マネタリー・ベース(貨幣的基礎)」だということ。マネタリー・ベースは現金と日銀当座預金の合計で定義される。日銀によってマネタリー・ベースが供給されることによってはじめて、各銀行は信用創造をおこなうことができるのだが(よって日銀の金融政策が重要なのだが)、このような貨幣供給が長期的につづくという期待、すなわち「予想インフレ率」こそが、貨幣の流通速度(V)を速める。
このことは「貨幣需要」と「貨幣供給」という概念が紹介されて、次のように説明されている。まずは貨幣供給が増えると、金融資産への需要が増えるという話。

いま、Aさんは将来のモノやサービスの購入のために、現在、持っている五〇〇万円の貨幣のうち、二〇〇万円は現在から近い将来にかけて、モノやサービスの購入のために使おうとしているとしよう。この二〇〇万円がAさんの貨幣の取引需要である。
残りの三〇〇万円の貨幣のうち、Aさんは、一〇〇万円は安全に価値を貯蔵するために、定期預金で持つとしよう。これが貨幣の資産需要である。
Aさんの貨幣の取引需要と資産需要の合計である貨幣需要は、三〇〇万円である。それに対して、Aさんは五〇〇万円の貨幣を持っている。これは定義によって、Aさんの貨幣供給である。したがって、Aさんの貨幣需要はAさんの貨幣供給よりも二〇〇万円だけ少ない。Aさんはこの二〇〇万円で国債を購入することにしよう。社会全体の貨幣供給はすべての個人や企業などが保有している貨幣の総額で、現在は一定額である。それに対して、社会全体の貨幣需要は、Aさんのような個人や企業などの貨幣需要を合計したものである。
以上から、社会全体の貨幣需要に比べて、何らかの理由により、貨幣供給が増えると、貨幣供給が貨幣需要よりも多くなるため、日本国債などのその他の金融資産に対する需要が増えることが分かる。(123ー124)

最後の段落の「何らかの理由」というのが、銀行による信用創造である。銀行がオカネを貸し出して信用創造をおこなうことによって、貨幣供給は増大する。で、貨幣供給が増大すると、次のようなメカニズムが働く。先の引用からの続き。

日本国債の需要が増えると、日本国債の価格は上昇するから、その金利は低下する。日本国債金利が低下すると、いままでよりも、金利の低下した日本国債よりも、株式や米ドル預金や米国債などの外債が有利になる。このようにして、株式投資が増えれば、株価は上昇し、米ドル預金や米国債の投資が増えれば、円安・ドル高になるであろう。
株価が上昇すると、株式を保有している家計や企業や金融機関の純資産は増加する。純資産が増加することをバランス・シートの改善という。
バランス・シートが改善した家計は耐久消費財や住宅投資に積極的になるであろう。同様に、バランス・シートの改善した企業と金融機関はそれぞれ、設備投資と貸出に積極的になる。
国債金利が低下すれば、定期預金や銀行の貸出金利も低下する。定期預金の金利が低下するのは、国債金利が低下すると、以前よりも、定期預金をする人が増えるため、銀行は定期預金金利を引き下げても、定期預金を増やせるからである。銀行の貸出金利が低下するのは、銀行は金利の低下した国債に投資するよりも、企業などへ貸し出したほうが利益が得られるため、貸出を増やそうとするからである。貸出が増えれば、その金利は低下する。
銀行の貸出金利が低下すれば、企業は以前よりも銀行から借り入れて、設備に投資しようとするであろう。金余り状態にあって、銀行から借り入れずに投資できる企業も、余剰資金を金利の低下した定期預金や国債などで運用するよりも、在庫投資や設備投資のために使ったほうが有利になる。
一方、円安は輸出を増やし、輸入を減らす。輸出が増えれば、国内で生産されたモノに対する需要が増える。輸入が減れば、輸入と競合するモノやサービスに対する需要も増える。
以上のようにして、消費、投資及び輸出が増え、輸入が減ると、国内で生産されるモノやサービスに対する需要が増える。この需要の増加に応じて、生産が増え、生産を増やすための雇用も増える。これが、貨幣供給を増やして不況から脱出するメカニズムである。(124−125)

これが流通速度が上昇していくメカニズムの説明なのだが、実に明快ですばらしい。
なお、貨幣供給が増加してもデフレで人手が余っていて、設備の稼働率が低いかぎりは、賃金が上昇しないので、物価は上がらない。生産と雇用が増え続けて労働の需給が逼迫しはじめてからようやく物価が上昇しはじめるので、「単純な貨幣数量説」はこの点で正される必要がある。
太字にしておいた部分は、「金融緩和したってカネ余りになるだけだからムダ」というアンチ・金融緩和派の理屈に対して、「単純な貨幣数量説」ではないかたちでの(予想インフレ率に働きかけることが本質だという)再反論を可能にするものだと考えられる。

デフレと超円高 (講談社現代新書)

デフレと超円高 (講談社現代新書)

*1:一応書いておくと、まずは「予想実質金利」というものを考える。これは「予想実質金利名目金利−予想インフレ率」で定義できる。金利が高い通貨ほど運用に有利であり、インフレ率が高くなると通貨の購買力が減少するから、たとえば円とドルがあった場合、「日米金利差から日米予想インフレ率差を引いた日米予想実質金利差が大きくなると、円高・ドル安になる」(26ページ)という結論が得られる。ということは、日米金利差が変わらない場合、「日米予想インフレ率差の−幅が拡大すると、円高・ドル安になる」(48ページ)ということだ。ちょっと小難しいが、直観的に考えてみれば当然の話。