フランソワ・デュペイロン『将校たちの部屋』(2001)

LA CHAMBRE DES OFFICIERS(132分・35mm・カラー)第一次世界大戦期のフランスが舞台。負傷して美貌を失ってしまった若き将校をめぐる物語。サビーヌ・アゼマやアンドレ・デュソリエなど名優たちの演技や、本作と『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』でセザール賞最優秀撮影賞に輝いた永田鉄男キャメラマンによる映像美も見所。
2001(監)(脚)フランソワ・デュペイロン(原)マルク・デュガン(撮)永田鉄男(美)パトリック・デュラン(音)アルヴォ・ペルト(出)エリック・カラヴァカ、ドゥニ・ポダリデス、グレゴリー・ドゥランジェール、サビーヌ・アゼマ、アンドレ・デュソリエ、イザベル・ルノージェラルディン・ペラス (FC)

〈顔〉の映画。美貌の若い将校が爆撃を受け、顎はくだけ、気管がむきだしになった状態で、病院に収容される。「足は動く。手も動く。でも口がないぞ!!どうなってるんだ??」と「意識の声」が聞こえてくるのだが、その顔面がどうなっているのかは観客にはずっと示されない。代わりに「将校の顔を見てうろたえる人達の顔」が将校の主観映像として映される。これは恐怖である。恐いですね−。
将校は整形手術を受けるのだが、顔は醜く潰れている。そのことは自分にとっての恐怖であり、また他人にとっても恐怖であるが、他人にとっての恐怖は鏡のように反射されて、自分にとっての恐怖を増幅させる。そこで様々な苦悩が将校たちを襲うことになる。
よくよく考えてみれば、「顔は自分では見えない=盲点」なのであって、「自分では見えないものを他者が受け入れる」という、跳躍の場所なのである。他者が受け入れるものが自分にとって盲点である、あるいは、自身の規定のおよばない場所が他者によって受け入れられる。その意味で、顔とは、関係性の根源的論理(倫理?)をふくんでいる。そのことが、しつこいほどにじっくりと映像化されている。

http://www.youtube.com/watch?v=b1ul0_87f2c&feature=related