黒澤明『静かなる決鬪』(1949)

(95分・35mm・白黒)手術中に患者の梅毒を移された青年医師が婚約者を避けて一人病と闘う苦悩を描く。菊田一夫の舞台劇「堕胎医」を谷口千吉とともに脚色。東宝争議のため初めて他社で監督した作品で、黒澤が山本嘉次郎成瀬巳喜男谷口千吉、本木荘二郎とともに立ち上げた同人組織・映画芸術協会の第1回作となった。
'49(大映東京)(監)(脚)黒澤明(原)菊田一夫(脚)谷口千吉(撮)相坂操一(美)今井障汕黶i音)伊福部昭(出)三船敏郎三條美紀志村喬、植村謙二郎、山口勇、千石規子中北千枝子、宮島健一、泉静治、伊達正、宮島城之 (FC)

すばらしかった。東南アジアで軍医をしている三船敏郎のシーンで始まるのだが、南方の暑苦しさの表現がすばらしい。東京に戻って、志村喬と親子で外科・産婦人科をやるときに出てくる見習い看護婦・峰岸るい(千石規子)の演技も絶品である。不良の妊婦だったのが、三船の姿を見ているうちに、どんどんまともになっていく。
とにかくストーリーが見事に展開されている。複数の部屋で(後ろの部屋で、隣の部屋で…)同時に進行しているドラマの連なりが非常に巧みに処理されているし、梅毒が血液感染する設定も、「血」のもつ神話的イメージ性に助けられてうまく機能している。純潔を貫く三船が性欲の悩みを告白する場面は名シーンだが、戦後という時代において「キリスト教的なヒューマニズム」という倫理を発見したことが、黒澤映画に重要な特質を与えたのだなと、『わが青春に悔いなし』以降の流れを考えると、思われてくる。