木下惠介『陸軍』(1944)

(87分・35mm・白黒)軍の要請により製作された太平洋戦争3周年記念の大作。日本人の愛国心を謳う、数々の戦争と運命をともにした一家の三代記だが、ラストシーンでは、出征する息子を延々と追いかける母・わかの悲痛な思いを絹代が見事に表現し、木下監督の反戦メッセージを浮き彫りにした。
’44(松竹大船)わか(監)木下惠介(原)火野葦平(脚)池田忠雄(撮)武富善男(美)本木勇(出)笠智衆東野英治郎上原謙、三津田健、杉村春子、星野和正、長濱藤夫、信千代、細川俊夫佐分利信佐野周二、原保美(FC)

息子の出征が決まったある晩の夕食後、笠智衆田中絹代の夫婦はふたりの息子に肩をたたいてもらう。「戦争だから死ぬのは仕方がないが、無茶な死に方をしてはいかん。身体に気をつけろ。水に気をつけろ」と父は言い、母はひそかに涙を拭う。眠い時間もあったが、ここからの強度はさすがの水準。軍隊ラッパに誘われて軍人勅語をつぶやき、思わず走り出した田中絹代の表情はすばらしく、映画のテンションもがらりと変わって「反戦メッセージ」の要素が前面に出ていた。
ただし微妙な部分も残る。『二十四の瞳』の高峰秀子もそうだったが、ここには「生命尊重のヒューマニズム」といった思想からはほど遠い、「日本人の死生観」(?!)が示されている。『二十四の瞳』では、人間の生き死にの次元を超えた永遠の生命観・自然観が感動的だったが、この映画の田中絹代は「天子様のところへお返しする」という表現で、息子の死を受け入れようとしている。これは必ずしも時局迎合的セリフとは言い切れない。人命の価値が必ずしも絶対的ではありえないという思想は、戦争を不可避の天災であるかのように受け止める感受性を準備したのではないか、と思える。