フィリダ・ロイド『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』(2012)

The Iron Lady メリル・ストリープジム・ブロードベント
強烈なリーダーシップで沈みゆく英国を建てなおした<鉄の女>マーガレット・サッチャー。その鉄の意志の向こうに、彼女はどんな涙を隠していたのか。そして、それを支え続けた夫の存在とは―。(bald9)

メリル・ストリープは嫌いな女優なのだが、この映画に関しては、サッチャーそのもので、文句の付けようのない素晴らしさである。ボケはじめた老人マーガレットの不安と混乱、その複雑な感情の中に間歇的にわき起こる記憶として、食料品店の娘が首相になるまでのライフヒストリー、夫や子供達の思い出が、それぞれ描かれる。保守的な家庭観をもったオバサンが、男性社会のなかで、庶民出身の劣等感をバネに進歩的な主張で闘いを挑み(←あまりインテリジェンスを感じない)、首相にまでなってしまったというのが、サッチャーの立ち位置の独自性である。経済問題、IRAのテロ、フォークランド紛争など、内憂外患の政治経済状況も、それなりに興味深い。
「元首相であった老女の不安」にフォーカスして、「サッチャーは素晴らしい政治家か?」という歴史評価を避けているのは賢明なやり方である。事実、ややヒステリックな所もある普通のオバサンなのだから、「輝かしい個人」というよりも、「歴史に翻弄された一個人のささやかな悲劇性」として切り取られているほうが、映画の余韻は大きいのである。