掃除、整理など。本を売ったら4500円になった。『カラマーゾフ兄弟5 エピローグ別巻』(光文社古典新訳文庫)所収、亀山郁夫ドストエフスキーの生涯」を読む。90ページほどのコンパクトな伝記だが、19世紀のロシア社会がよく分かってすばらしい。シラー、フーリエ流空想主義の影響を受け、博愛主義者として出発したドストエフスキー(1821〜1881)が、死刑宣告やシベリア滞在やなんかを経て、『地下生活者の手記』で「土壌主義」に転向し、秘密警察の追跡なんかも受けつつ、要するに思想的にどんどん複雑化していく(ポリフォニー)。クリミア戦争の敗北後、アレクサンドル2世の農奴解放は「飢えと放浪への解放」(ゲルツェン)と皮肉られたが、ナロードニキの挫折、1870年代のテロ頻発、自殺率の急上昇にみられる社会不安は、ロシアにおける大地の生命力の減衰をもたらすことになった。ヨーロッパ滞在がもたらした西欧思想への幻滅と相まって、ドストエフスキー保守主義には、ロシア正教的な「全一性」(ソボールノスチ)の回復という課題が据えられている。

「大集会」や「大聖堂」を意味する「ソボール」に発するこの言葉は、プロテスタンティズムやカトリシズムがそれぞれ培った「個人主義」や「権威主義」といった精神性と、ロシアのそれを峻別する指標とみなされるものである。スラブ派の思想家ホミャコーフによれば、それは全体がひとつに溶け合ってかたちづくる個性なき人々の集合ではなく、個人が十分な相互理解を保ちながらみずからの個性を失うことのない、調和的な共同体を意味する。つまり、本来的に不完全な存在である個人は、全体の一部となることで、初めて完全性に到達できるという考え方である。(130−131)

「散乱した死者の分子を集めて新たに人間を合成」し「祖先の復活」を唱える、ヒョードロフという頭のおかしい思想家の影響もあったらしい。フーリエユートピア(「地質の大転換」)と通底するところがミソ。アレクサンドル2世の暗殺は、ドストエフスキーが死んだ一ヶ月後のことで、皇帝は二発の爆弾をぶつけられ、両足を砕かれて死んだらしい。